初期のノンステップバス。


さて今日は初期のノンステップバスについて解説していきたいと思います。

今でこそ全国的に普及してきたノンステップバス、
1980年代に試作車が登場していたものの
本格的に市販が始まったのは1997年のことでした。
三菱ふそう、いすゞ、日野、日産ディーゼル(車体は富士重工)の4メーカーが販売を開始しました。
しかし値段が高価なことやいすゞ、日野、日産ディーゼルの車両はフルフラット構造で特殊な部品を使っていたこともあり2000年代まで地方事業者にはあまり普及しませんでした。
県内では1999年に松電バス(現アルピコ交通)が長野県初のノンステップバスを導入しました。2010年代からは初期のノンステップバスが代替時期にさしかかり多くの車両が地方のバス事業者に移籍し低床化に貢献しました。
初期のノンステップバス。
この車両は東京の立川バスから来た車両で1999年式の三菱ふそうエアロスターです。これも初期のノンステップバスです。
2012年にアルピコ交通長野営業所にやってきて同時期に京王バスからやってきたエアロスターと共に低床化に貢献しました。この車両、ノンステップバスながら車いすを乗せることができません。恐らく車いすをのせるためのスロープが電動スロープ(これも初期のノンステップバスの特徴)なため何らかの事情で故障してしまい、中扉のスロープが電動スロープなのもこの車両のみのためそのままになっていると思われます。 

余談ですが長野市はノンステップバスが早めに走り始めたところです。と言っても長電か川バスが導入したのではなく借り入れによる運行でした。
1998年の長野パラリンピックのときの選手輸送のために東京都交通局から納車前のノンステップバス7台が借り入れられパラリンピック期間中に都バスカラーで長野の街を走りました。パラリンピック終了後は都バスに返却されました。



2023年12月26日 Posted by路線バス・鉄道好きの独り言。 at 17:05 │Comments(0)

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